何のためのマーケティング?〜宣伝広告の前にやるべきことをやれているか?〜

最近「ウェブマーケティング」という言葉をよく耳にします。私の事務所にもメールや電話がかかってきます。

「私、◯◯◯と言いまして、ウェブマーケティングの会社です。御社の〜〜〜」

こういう場合、大体はウェブ広告の話が多いです。マーケティングとは英語のmarketingを日本語表記したもので、Oxford Learner’s Dictionaryにはmarketingという語は下記のように書かれています。

出典:https://www.oxfordlearnersdictionaries.com/definition/english/marketing

ある会社の製品やサービスを最良の方法で紹介、宣伝し販売する活動。

上記★部分を筆者が和訳

確かにモノやサービスを売るための宣伝活動という意味で定義されています。しかし経営の専門家はマーケティングについてもっと広い概念で捉えます。ほぼ事業戦略と同義とも言えると私は考えています。

経営戦略におけるマーケティングとは

経営戦略におけるマーケティングとは、「誰に」「何を」「どのように」「どういう効果を期待して」販売するかについて考えることです。これをそれぞれの頭文字を取って「だ・な・ど・こ」と言ったりします。前述の「ウェブマーケティング」はこのうち「どのように」の部分の施策であり、本来考えるべきマーケティング全体のほんの一部です。そして「どのように」を考える前に「誰に」と「何を」を考えていないことによって、宣伝広告がことごとく失敗に終わるというケースが少なくありません。

一つ事例を紹介します。サラリーマンだったAさんは脱サラして飲食店を始めました。お酒が好きだったAさんは、酒好きのお客さんのあらゆるニーズに応えたいと考え、たくさんの種類のお酒を取り揃えることにしました。また趣味であるエレキギターを店内に展示して、ロックミュージックを流すことにしました。ただ料理の経験がないAさんは食事メニューは充実させず、簡単なものを出すことにしました。

駅前の1階に店舗を借りて開店しました。看板を出して、のぼりを立てました。立地が良いのですぐにお客さんは増えるだろうと思いましたが、開店後3ヶ月で客足はボチボチ。駅前の良い立地に出店したので家賃が高く固定費負担が重くのしかかります。お酒もたくさんの種類を揃えているので仕入れにもお金がかかります。そこで夜だけの営業だったのを昼呑みもできるようにしました。それでも売上はなかなか伸びません。次にお金をかけてホームページを作成して、SEO対策もしました。インスタグラムも作って発信しました。Googleマップも活用することにしました。それでも反応はイマイチです。そして開店から6ヶ月が経ち、まだ赤字から抜け出せずにいます。

万策尽きたAさんは中小企業診断士に相談することにしました。「ターゲットである中高年に向けた、効果的に発信できるホームページやSNSの活用方法について教えて欲しい。今の方法の何がいけないのか。店舗レイアウトやメニューに問題があれば、それも改善したい。」

さて、Aさんのお店の売上を増やすにはどうしたら良いでしょうか?

マーケティングツールを活用して整理する

「だ・な・ど・こ」の視点で現在のAさんのマーケティング戦略を整理してみます。まずは「だ」と「な」。

誰に・・・中高年

何を・・・豊富な種類のお酒

この時点で鋭い人は思うでしょう。「中高年って、何歳?」。誰に、つまりターゲット顧客層を定義するときは、もっと明確に顧客像を描かないといけません。なぜならターゲットとする顧客像があやふやだと、何を、つまり提供する商品やサービスがターゲットに刺さるかどうかもあやふやになってしまうからです。

ターゲット顧客を定義するときに有効な切り口があります。それは「デモグラフィック(人口統計視点)」「ジオグラフィック(地理的視点)」「サイコグラフィック(心理的視点)」の3つの切り口です。私は「デモ・ジオ・サイコ」と省略して呼んでいます。

STEP
デモグラフィック(人口統計視点)

年齢・世代、性別、世帯構成、所得など、世帯動態調査などに出てくるような、個人に関する客観的データで見るものです。Aさんの場合は、単に「中高年」ではなく、「40歳代から60歳代の外食支出に余裕のある男性」のように定義するとターゲット像がより明確になります。

STEP
ジオグラフィック(地理的視点)

国や地域などの地理的な視点で見るモノです。Aさんの場合は駅前に出店しているので、「S駅周辺に居住している人、もしくはS駅周辺に勤めているサラリーマン」などと定義します。

STEP
サイコグラフィック(心理的視点)

消費者の心理的要素で分解するもので、価値観、性格、ライフスタイル、趣味、嗜好などの視点でみます。Aさんの場合は、「お酒とロックが好きで、楽器やロックミュージックに囲まれながらお酒を嗜みたい人」ということになります。

Aさんのターゲット顧客像が少し明確になりました。

「S駅周辺に住むかS駅周辺に勤めている、40歳代から60歳代の外食支出に余裕のある男女で、お酒とロックが好きで楽器やロックミュージックに囲まれながらお酒を嗜みたい人」

そうすると「何を」はほぼ自動的に決まります。

「豊富な種類のお酒とロックミュージックや楽器に囲まれた空間(で過ごせる体験)」

しかし、こういうターゲット層って、何人いると思います?S駅の人口にもよりますが、もしかしたらいくら宣伝投資してもこれ以上お客さんは増えないかもしれません。売上は顧客数×顧客単価×来店頻度なので、やれることは3つ。

  1. 顧客数を増やす
  2. 顧客単価を上げる
  3. 来店頻度を上げる

2ができれば良いのですが、消費者は価格に敏感です。よほどの愛顧がなければ価格を上げたらすぐに去っていってしまいます。3も消費者の支払い増になるので同じく難しいです。1ももう現在の商圏内では頭打ちかもしれないので、出来ることはより広い範囲を商圏と捉えるか、ターゲットを見直して見込み客の数を広げるくらいということになります。

マーケティングの4P

次に「どのように」を考えていきますが、ここでマーケティング施策を考える時に使える「マーケティングの4P」を紹介します。

  • Product(製品・サービス):製品やサービスの特徴や提供価値
  • Price(価格):いくらで提供するか
  • Place(流通):どのような経路で、最終どこで提供するか
  • Promotion(販促):どのようにして顧客に知らせるか

この4つの切り口でマーケティング施策を検討することで、抜け漏れなく考えることができます。AさんのケースはProductについてはすでに「何を」のところですでに明確になりました。Priceは周辺の競合並みか、空間演出によって顧客価値を高めることができれば、その分少し高めに設定できるかもしれません。Placeは今のところオンライン販売ができるようなProductはなさそうなので、お店のみということになります。そして最後にPromotionですが、Aさんのお店を知ってもらうために、そして興味をひいて来店してもらえるために、何ができるでしょうか?

Promotionの最大の役割は他の3つのPを効果的に知らしめること

見出しの通り、この一言に尽きるわけです。逆のことを言えば、他の3つがビシッと決まっていないとPromotionなんてやっても意味がないわけです。特にProductに特徴も魅力もなければ、どれだけPromotionを打ってもお客さんは来ません。ここが経営者がもっとも見落としやすい点です。宣伝広告のことばかり気になって、そもそもの商品価値の見直しを怠ってしまいがちなのです。マーケティングという言葉の曖昧さがこのことに拍車をかけているとも感じます。

幸いAさんは「店舗レイアウトやメニューに問題があれば、それも改善したい」と言っており、そもそもの提供価値に疑いを抱きつつあります。経営支援の専門家が一緒になってProductの見直しを行うことで、復活の糸口が見えてくるでしょう。

Aさんへの提言

私なら上記のことを整理した上で、まずは下記を提言します。

  • ホームページやインスタグラムでお店の魅力(提供価値)を発信できているか、ターゲット顧客に刺さる内容になっているか確認してみましょう。
  • Googleマップのコメントを確認して、ポジティブな点は伸ばし、ネガティブな点はすぐに改善しましょう。また改善したらすぐに発信しましょう。
  • 強みをさらに伸ばす方法を考えましょう(レアなレコードやCDを集めて展示したり流したりする、生バンド演奏などのイベントを企画するなど)。
  • 駅前でのチラシ配布もやりましょう。
  • それでもダメなら商品やお店づくりのコンセプトを見直しましょう。

ここで強調しておきたいのは、すでに顕在化している問題に対策せずに商品やお店のコンセプトを変えるということはやらない方が良いという点です。PDCAが重要といいますが、その中で最も重要なのは「ダメな方法を発見する」ことだと思うからです。いろんなことを中途半端にやると、ダメな方法を明確にできず、また繰り返してしまうリスクが残ります。良い方法に辿り着くまで、ダメな方法を発見してはそこを避けるということを続けないとPDCAの意味がありません。そして失敗しても「ダメな方法を一つ発見したので、成功する確率がまた上がった!」と前向きに取り組むことが重要です。

「手配り」というアナログで地味な方法を侮るな

最後にもう一つ強調しておきたいのは、チラシの手配りなどのアナログで地味な宣伝方法を侮ってはいけないということです。今はデジタルマーケティングやウェブマーケティングが流行りですし、ポスティング業者によるチラシのポスティングや新聞への折り込み広告なども昔からよく使われます。しかし地域で展開する飲食店やサービス業などはターゲット顧客がお店の近くにたくさん存在するので、潜在顧客に直接チラシを手渡しすることは大きな効果が得られます。

私が実施したケースでは、ポスティング業者による2万枚のチラシ配布で来店したのはたった2名、300枚を手配りして来店したのが3名という結果がありました。手配りの方が100倍効果があったのです。もちろん業態や商圏によって違いますし、必ずこうなるというものでもありませんが、プロモーションは複数をミックスする方が認知度が上がり効果も上がるという特性があるので、私は手配りを強くお勧めします。

マーケティングは奥が深く、今日ここに書ききれていないこともたくさんあります。顧客価値については「モノの価値と価格設定 〜コストプラス、知覚価値から感性価値思考へ(https://www.blueshiftc.com/column/898.html)」の記事を参考にしてください。リピート率を上げる方法や顧客の流出を防ぐ方法などもまた書きたいと思います。今日の記事が皆さんの商売の参考になれば嬉しいです。